革新都政(1967-1979)誕生50周年 都民が主人公の都政をふたたび
2018年1月15日
 いまから50年前の1967年4月、日本の首都に、都民が主人公の革新都政(美濃部亮吉都知事)が誕生しました。
 革新都政誕生の原動力は、社会党・共産党を軸とした統一戦線の結成と切実な都民要求と運動、都議会汚職事件など伏魔殿都政と都民不在の自民党保守都政に対する都民の怒りでした。
 首都東京での革新自治体の誕生は、国政に衝撃を与えるとともに、全国でつぎつぎと革新自治体が誕生する契機となりました。また、3期12年の都政のなかで切りひらかれた先駆的施策は全国の自治体の指標となり、老人医療費無料化など国をも動かす力となりました。
 このようにして革新都政が発信したこれらの政策は、おおくの都民の願いそのものでした。そしてこうした施策を実現、推進するうえでおおきな役割を果たしたのが、都民の力であり、住民自治の力だったのです。
 いま、世界のグローバル化がすすみ、社会制度や法制もおおきく変動しています。しかし、「住民の福祉の増進」を使命とする自治体に求められるものは、憲法をくらしのすみずみにゆきとどかせることであり、その原点が革新都政の12年にこそあるのではないでしょうか。
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近刊!革新都政50周年記念出版 ―
 都民要求実現、憲法を生かした都政、先駆的な施策を実施した革新都政の値打ちを今に生かす革新都政50周年を記念し、「都民がつくる革新都政」に掲載し「考証 革新都政12年」(連載36回、執筆:卯月はじめ氏)を書籍として発刊します。
 革新都政を経験した世代も知らない世代も!
  出版社:本の泉社
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 革新都政の誕生50年。この間、革新都政をつくる会は、革新都政実現の場対となった統一戦線組織「明るい革新都政をつくる会」のたたかいを引き継ぎ、「都民が主人公の都政」の実現のために全力をつくしてきました。
 この国と都政のあり方が問われ、切実な都民要求実現を求める運動がたまり、共同が広がる中で、革新都政誕生50周年を記念して、シンポジュウム(2018年1月27日)を開催します。

◆憲法をくらしに生かす

 私は戦後の新しい憲法と新しい自治法、それを貫く民主主義をたたえます。これは本格的な民主主義でありこれは都民の幸福を保障するに足るものです。
 美濃部亮吉

 「独占資本と大企業の利益を図ることを中心にしてきた歴代自民党都政のために、都民のための東京は、税金と公害がふえるばかりで、くらしにくい、反動教育、退廃文化のうずまく半身不随のマンモス都市にかえられてきました。また、日本の首都東京は、憲法の平和的、民主的に反して、アメリカの軍事基地にかこまれ、ふたたび軍国主義を復活させる足場となる首都にかえられようとしています。」(明るい革新都政をつくる会よびかけ・1967年)という状況に置かれていた1967年の東京都知事選挙にあたって、「憲法の改悪に反対し、その平和的、民主的条項の完全実施のために努力する」ことを掲げた「政策協定」が共社間で結ばれ、革新都政が誕生することとなりました。

◆ポストの数ほど保育所を

 保育所はできる限り多く必要であり、無認可保育所に手を差しのべることは、憲法の精神を生かす道(美濃部亮吉回想録)

 高度成長政策のかげで多くの都民は貧困と格差に苦しめられていました。このような時に、革新都政は憲法が保障する生存権、幸福追求権を保障し、「権利としての社会福祉」を実現するために全力をつくしました。また、都の主催で憲法と地方自治を守る「つどい」も開催されました。
 東京での保育運動は、働く婦人たちの増設運動に始まり、保育園保護者たちの保育料値上げ反対運動で政治的に目覚め、他の運動に呼応して革新都政を生み出し、無認可保育所への助成に成功し、八時間保育を通勤時間を含む時間に延長させ(略)、大幅な予算増が得られた。
(橋本宏子・戦後保育所づくり運動史)

 当時、美濃部さんの政策でシビルミニマムというのがあって、そのなかに保育所増設計画、ゼロ歳児保育、長時間保育、そして保母養成も入っていたと思います。そして、そのシビルミニマムを実現できるように政策を組んでいったわけです。
(証言◆美濃部都政荒井厳)

◆15の春は泣かせない

 その一つが都立高校の増設です。当時、東京では中学卒業生の9割以上が高校進学を希望。「高校教育の準義務教育的性格」が社会的に認識されるに至っているにもかかわらず長く都立高校建設を先送り。このため、おおくの中学卒業生が公立高校進学を希望しながら、泣く泣く断念せざるを得ない状況におかれていました。これに対して都民は、「東京都高校問題連絡協議会」を結成するなど運動をくりひろげ、革新都政は「都立学校整備委員会」を設置するなどして都立高校の増設に努め、47校(保守都政時代の1・7倍)も建設。中学浪人の解消に努めました。また、働きながら学ぶことを保障するため、定時制高校の拡充に努めました。
 定時制高校については、いったんは統廃合が計画されましたが、美濃部知事が都民の声をふまえて「統廃合しないで予算拡大」と決断。
 小規模定時制の存置、30人学級、給食用食堂の設置、体育施設の夜間照明設置などの拡充を実現しました。
 区市町村が設置者である小中学校についても財政支援をおこない教室不足、体育館未設置を解消しました。

◆障がい児の希望者全員入学

 障害者教育も革新都政のもとで飛躍的に前進しました。それまでの保守都政のもとでは、国の方針にしたがって、「就学猶予・免除」制度が押しつけられ、おおくの障害児が就学の機会を奪われていました。これに対して父母や都民、教職員組合などが「すべての障害児に、命とひとみ輝く教育を」の願いを結集して「障害者と家族の生活と権利を守る都民連絡会」を結成し、都民的運動をくりひろげました。
 革新都政もこれに応えて、「盲・ろう・養護学校」を25校も建設。1974年度には障害者の希望者全員入学を実現しました。また通学を保障するためのスクールバスの計画的配車。国基準を上まわる1クラス2名の都独自の教職員の配置、在宅児のための訪問教育や病院内学級の開設、機能訓練制度の確立、さらには、重い父母負担の軽減のための学校運営費補助をはじめて制度化したり、都独自の就学援助を実施するなど、全国一の教育水準を実現したのです。

◆おとしよりに温かい手をさしのべる
 高齢者に政治の光をとどける

 社会的に弱い立場におかれた老人に対する施策の充実度いかんは、政治の根本問題である。その意味からも、老人対策の推進は、これからの都政の重要問題として浮かびあがってくるであろう。
 都政白書'69

 私は、自民党政府の高度成長政策に見捨てられた、いわゆる「社会的弱者」の生活を守ることを、革新都政の存在をかけた基本的事業であると考えていた。
(美濃部亮吉都知事)

◆東京に青空をとりもどす
 画期となった都の公害行政

 公害は社会的殺人であり、その責任は最大の発生源である企業にあり、またそれを許してきた政治と行政にある。
(美濃部亮吉都知事)

 壮大な実験―都民との協働

 資本主義的生産と企業中心の都市開発によってもたらされた東京の公害。革新都政と都民は、この二十世紀の難題に挑むこととなりました。
 私は東京を公害防止に関する先進地域にするため全力投球する。
(美濃部亮吉都知事)

◆三多摩格差の解消
 知事が直接、多摩・島しょ住民と対話

 都民一人一人が、それぞれに違った機能を分担する地域に生活しても、実質的には平等な生活を享受しうる条件が与えられるべき地域格差の解消ということについて、政治や行政がとるべき方向は(略)生命や生活を守るための条件において、何らかの落差があれば、それを埋めるための施策を第一とする
 都政白書'69

◆東京から火薬のにおいをなくす
 軍国主義復活と対峙

 都は、東京に憲法を実現するという大きな目標の中で、東京から火薬のにおいを追放することを明らかにし、基地返還とその跡地の利用について真剣にとり組んでいます。
'74都政のあらまし(東京都広報室発行)
50symposium2



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