~連載(第18回)~ 検証 革新都政その後 青島都政4年 「無党派知事」の誕生
2020年2月26日


 1995年の都知事選挙は、バブル経済の推進と崩壊、円高政策による大企業の海外移転と雇用破壊、中小企業の衰退、福祉の切りすてと消費税導入など自民党政治への国民の不信、怒りを背景にたたかわれ、都政においては鈴木前都政が推進した逆立ち政治による都民生活の逼迫、破たんした臨海副都心開発と世界都市博覧会、乱脈経営で破たんした東京協和信用組合、安全信用組合の2信組救済などに対する都民の怒りが沸騰するなかでたたかわれました。

7割が無党派の支持

 また、この年の統一地方選挙では、「支持政党なし」が自民党支持を超えて、約50%(読売新聞1993年世論調査)に達するなど「無党派層」の急増という政治状況のもとでたたかわれました。結果、東京で青島幸夫氏、大阪で横山ノック氏が「無党派知事」として知事の座を得ることになりました。このとき、青島氏への無党派層の支持率は7割(朝日新聞調査)にも達していたのです。
 青島知事誕生の原動力は、都民不在、開発優先の鈴木・自民党都政への怒りでした。これに対して青島知事は、臨海副都心開発の抜本的見直しと世界都市博覧会の中止、破たんした2信組への融資の撤回、さらには「税金を1銭たりとも無駄にしない」こと、「隠しごとをしない」ことを公約に掲げ都民の共感と支持をひろげたのです。

都民の不在が最大の弱点

 当時、都議会は自民、公明、新進、民主、社民、民社党などによる総自民党勢力=オール与党が絶対多数を占めていました。こうしたもとで青島知事が都民世論と要求を背景にかかげた公約を実現するためには、都民との連帯・共同、自民党都政と真正面から対決している日本共産党との共同が不可欠でした。
 しかし、青島知事はこの大道を歩むことをしようとしませんでした。このため、焦点となった世界都市博覧会については、「都議会の(推進・筆者注)決議も重く感ずるが、一方で公約も命より重いと感じている。都市博を中止するという結論になった」と表明。都民が求めた開催中止を決断しましたが、本体の臨海副都心開発では、圧力に屈して凍結を解除、見直しは都民提案街区など一部にとどめられ、巨額の税金投入を続行することとしました。
 また、2信組の破たん処理でも公約を投げすて20億円を投入。さらにはつよい都民要望であった鈴木都政以来の大型開発への税金投入にメスを入れることもできませんでした。
 民主的な都政運営の基本である都民の不在が最大の弱点になったのです。

自民党からエール

 都民生活とのかかわりでも23区国民健康保険の大幅値上げや事業系ゴミの全面有料化を実施するなどオール与党に全面的に屈服することになりました。
 このため、1996年度予算では自民党から「基本的に鈴木都政を継承、発展させようとするもの」「あなたの与党になってもいいとさえ思っている」(予算委員会)とエールを受けるまでに変質することとなりました。
卯月はじめ

世界都市博覧会

 鈴木都知事が「世界の大都市が直面している問題の解決と、21世紀の大都市がいかにあるべきかを開発中の臨海副都心を会場に提示」することをコンセプトに計画。臨海開発の破たんをうけ開催が延期されていた。


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