~連載(第17回)~ 検証 革新都政その後 鈴木都政16年⑮ 逆立ち政治の終焉
2019年11月15日


 鈴木都政の16年は、福祉や教育、住宅、環境など都民生活にかかわる予算を削って浮かした予算を、大企業とゼネコンが喜ぶ都市改造と臨海副都心開発につぎ込む“逆立ち都政”そのものでした。

〈福祉〉
 福祉の3原則=①都独自の手厚い補助を見直し国基準にそろえる、②受益者負担原則のもとに福祉を有料化、値上げをくりかえす、③福祉の人員は絶対増やさないーを都民に押しつけ、敬老乗車証のとりあげと有料化、老人医療制度の改悪、国民健康保険料(税)値上げの押しつけ、障害者の福祉作業所などの新設中止、保育所・学童保育への補助切り下げ(保10分の103分の2、学3分の2↓2分の1)などを強行しました。
(第12回参照)

〈教育〉
 国の臨教審路線に忠実にしたがい差別と選別の教育を推し進めるとともに、教育行政に「行政改革」をもちこみ教育予算を削減。都民の切実な要求であった35人学級や高校全員入学、障害児教育の拡充などに背を向け、ファックス1枚で定時制高校の強行するなど、革新都政が前進させた教育行政を逆戻りさせました。

〈住宅〉
 高地価、高家賃で苦しむ都民の要望に背を向け、都営住宅建設予算を切捨て、革新都政の4分の1しか建設しませんでした。都営住宅や住宅供給公社の家賃制度に市場家賃制度を導入。都営住宅では入居世帯の7割が値上げとなり、公社賃貸住宅では3年ごとの値上げが繰り返されました。
 また、鈴木都政は防災、労働、環境、消費者行政など都政のあらゆる分野に「都市経営論」の立場をもちこみ都民サービスを後退させました。

〈民活・行革推進〉
 鈴木知事は中曽根「民活」に呼応して、住民サービスの民間委託を推進するとともに、東京都の仕事を「広域的、補完的、調整的な府県行政に純化」(都財政再建委員会答申)させることや「スクラップアンドビルド」「サンセット方式」など「減量経営」「行革路線」を徹底しました。都職員も大幅に削減しました。

〈企業都市づくり〉
 こうして都民施策を次々と後退させる一方で、鈴木都政は中曽根「民活」の推進部隊となり「マイタウン東京構想」を推進。白鬚西や勝ちどきなどの江東防災拠点の計画地を民間主導の再開発につくりかえたり、新宿・渋谷などの副都心や多摩地域の業務核都市などによる企業都市づくり、都市計画道路や高速道路建設、破たんした臨海副都心開発、豪華都庁舎をはじめとするハコ物建設に都民の血税を湯水のようにつぎ込みました。

〈ゼネコン癒着〉
 ゼネコンによる都発注公共事業の官製談合も大手をふるいました。とりわけ、自民党本部が対立候補を擁立した1991年の都知事選挙で、ゼネコンの全面的支援を受けたことから癒着がさらに深まり、選挙後、都立施設建設の談合表がつくられ、この談合表通りに受注(落札)業者が選定され、落札した業者が幹事社を通じて、落札額の5%を政治献金(使途不明金)として「永田町の金庫」に届けるということが都庁を舞台にくりひろげられたのです。またこうした談合によって落札率99%などの高額落札が平然とまかり通ることになったのです。

〈財政破たんで退陣〉
 開発偏重の都政運営は当然のことながら財政破たんを招くこととなり、鈴木都政末期には、借金(起債)が一般会計の年間予算に匹敵する累計6兆7351億円に達し、1兆5000万円にまで積み立てられていた基金も僅か5分の1、2953億円までに費消されてしまったのです。
 「都財政は美濃部末期よりも危機的状況」(朝日新聞1994年12月28日付)におちいり、まさに末期症状に至ったのです。
 こうしたもとで鈴木都政への都民の不信、怒りは頂点に達し、都政モニターアンケートでは鈴木都政に対して「満足」しているがわずか4・1%、「不満」「少し不満」が過半数を超える事態となり、鈴木知事は5選出馬の断念に追い込まれました。
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