~連載(第4回)~ 検証 革新都政その後 鈴木都政16年④ 利権と鈴木都政
2018年6月18日
いま東京の各地ですすめられているまちづくりが、文字どおり大企業本位のものになっているのは、中曽根内閣と鈴木都政、そして財界とがまさに三位一体となって、東京の土地や空間をいっそう大企業に大きくゆだねようとしているからです。
都政黒書2 革新都政再建をめざす各界連絡会
国と財界の全面的なバックアップで誕生した鈴木都政。それまでの革新都政が、都民の方に顔を向けて仕事をしていたのに対して、180度向きをかえて、政府・財界に顔を向けて、彼らの喜ぶ仕事を進んでおこなう都政転換させられました。
その一つが税金を湯水のようにつぎ込んだ大規模開発にほかなりませんでした。
そして、鈴木都政第1期だけでも、赤坂・六本木再開発、西新宿6丁目中央地区再開発、大崎駅東口再開発、大川端再開発などが都市計画決定され、次々と建設されていったのです。
鈴木都政誕生で開発解禁
このうち、知事就任直後(1979年)に都市計画決定された「赤坂アークヒルズ赤坂」=六本木再開発は、森ビルが土地を買い占め、開発をしかけたもので、地上37階、高さ153mの事務所棟はアメリカなどの外資企業が7割を占め、地上36階、高さ133mのホテル棟には全日空ホテルが入居。その他、サントリーホールやテレビ朝日のスタジオもつくられる巨大開発です。
また、開発地の4割が東京都の所有地である西新宿6丁目中央地区再開発(1980年都市計画決定・以下決定)は、東京都が180億円の資金をつぎ込んで大成建設や富士銀行などとダッグを組んで、開発をすすめたもので、123mの超高層ビルはアメリカのヒルトンホテルに提供されました。
「副都心整備の先導的計画」と位置づけられた大崎駅東口再開発(1982年決定)では、ホテルニューオータニや第1勧業銀行の子会社をはじめ大成建設や住友建設、戸田建設などが、既存の中小企業が追い出して、建設用地の9割を買い占めました。
大川端再開発(1984年決定)は、大手デベロッパーの三井不動産が超高層マンションなど2000億円をかけて開発するものですが、この開発に東京都は橋梁や堤防などインフラ工事に472億円もつぎ込んでいます。
中曽根民活で加速
また、こうした開発路線をさらに加速させたのが、鈴木都政に遅れること4年で政権をにぎった中曽根康弘内閣で、同政権が策定した「民間事業者の能力活用による特定設備基盤促進に関する臨時措置法」(民活法)です。この法律により、開発者は指定業種の認定を受けることで、国からの補助金をはじめ無利子融資、固定資産の特別償却の優遇措置などの特権的な措置を受けられることとなり、また、地方公共団体レベルでは民営委託の推進、土地信託制の導入、第三セクターによる事業促進などの「地方民活」が打ちだされ、地方自治体が開発競争に狂奔するという異常な事態が生み出されることとなりました。
談合・裏金献金の横行
そしてこれに拍車をかけたのが、日米貿易摩擦によって国内市場に向きを変えた投機マネーの投資先を探していた金融機関による?ジャブジャブ”といわれた融資攻勢でした。
こうして東京では汐留、恵比寿、錦糸町北口などの再開発や立川・八王子の業務核都市、さらには圏央連道、外環道、首都高中央環状線などの高速道路、地下鉄12号線(大江戸線)などの巨大公共事業に都民の税金が湯水のようにつぎ込まれることになったのです。
そして開発行政の極めつきが8兆円の都財政がつぎ込まれることとなった臨海副都心開発だったのです。
これらの公共事業に群がったのがゼネコンであり、大手銀行であり、開発業者でした。そしてその受注をめぐって、談合や裏金献金など、東都政時代を想起させる利権政治が横行することとなったのです。
いまの都政は、都民からさまざまな形で収奪をしながら、そうやって吸い上げたものを政府や大企業の下請け仕事、大型プロジェクト、そういうものに惜し気もなく注ぎ込む、そういういわば「一大利権会社」に化している。
不破哲三日本共産党
副議長(当時)
卯月はじめ