~連載(第2回)~ 検証 革新都政その後 都政はどう変わったのか
2018年2月15日


 革新都政から保守都政へ
 ―都政の内容には根本的な変化がおきた。一口でいっておそるべき事態が進行しているといってよい。
 増補 革新都政史論
 有働正治

05

 革新都政が倒されてから38年。この間に6人の都知事が誕生しました。今回は、これらの都知事のもとでどのような都政運営がおこなわれたのか概観してみたいと思います。
 まず、おおきな流れとして、国際社会での「福祉国家」の否定、自由主義・新自由主義の台頭、自治体レベルでの「世界都市」競走など激動があり、国内的には民間活力の導入と「第2次臨調行革」路線の徹底、円高と内需拡大路線が地方自治体におおきな影響を与えるとともに、財界戦略にもとづく市場原理主義、自己責任論のおしつけのもとで、福祉をはじめとする都民施策の破壊、都市再生路線による東京一極集中・“東京一人勝ち”政策が推進され、東京は多国籍企業のための都市におおきく変貌させられてきました。

鈴木都政(1979~95)

 戦前の内務省官僚であり、戦後も自治省の官僚、都政においては安井・東都知事のもとで副知事をつとめた鈴木俊一知事は都政を握ると「マイタウン東京構想」をもとに、都政の方向を都民から財界・大企業へと転換しました。
 また、「都市経営論」を理念にかかげ、徹底した民活路線と財政再建を錦の御旗にした「行革」を都民に押しつけ、“福祉の時計の針をストップ”させました。さらに「世界都市」競走に邁進。臨海副都心開発に巨額の税金を投入しました。

青島都政(1995~99)

 都民の自民党政治と臨海副都心開発に対する怒りを背景に都知事になり、世界都市博覧会を中止しましたが、その一方で福祉を根こそぎにする「行政改革大綱」「財政健全化計画」を策定。都民の大反対で撤回することとなりました。

石原都政(1999~2012)

 “福祉はぜいたくといって「財政再建推進プラン」を策定。老人医療費助成や公私格差是正事業を廃止するなど“福祉の時計の針を逆もどり”させました。
 「集中は是」といって東京一極集中を加速させる「東京メガロポリス構想」、多国籍企業のための都市再生を推進。平和憲法を敵視しました。

猪瀬都政(2012~13)

 石原都政の継承を表明するとともに、知事自らがアベノミクスの“キャッチャー”と公言。オリンピック最優先、都民生活おきざりのビジョンを策定、推進しました。

舛添都政(2014~16)

 石原・猪瀬都政を継承。「世界で一番ビジネスのしやすい国際都市」の実現を標榜し、大企業が潤えばそのしずくが都民にしたたり落ちるという「トリクルダウン」を推進しました。

小池都政(2016~)

 「都民ファースト」をかかげて当選しましたが、基本姿勢は石原以降の都政を継承。オリンピック、築地市場の豊洲移転について、「いったん立ち止まって考える」と表明したものの、いずれも舛添都政時代の計画にそって推進するものとなっています。

 石原知事以降の都知事は、4人のうち3人が自民党政権の閣僚経験者。猪瀬知事もふくめ、みな財界戦略にそった都政運営を推進しています。

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